第二代仙台藩主
伊達忠宗

禁・無断転載
画像部問合せ・財団法人瑞鳳殿管理事務所 TEL022-262-6250
涌谷町教育委員会生涯学習課 TEL0229-43-3001



 
伊達忠宗公尊像(感仙殿本殿内)】            【仙台伊達家歴代(涌谷町立史料館蔵品)

【名前】 伊達忠宗(だてただむね) 【在位】 1636〜58
【生没年】 慶長4(1599)年12月8日〜 【享年】 60 【山号】 義山
万治元(1658)年7月12日
【実父】 伊達政宗 【実母】 愛姫(田村氏) 【夫人】 振姫(将軍秀忠養女)
【公子】 虎千代丸、光宗、宗良、五郎吉、宗倫、
綱宗、宗規、宗房、宗章
【公女】


父の偉業を継いだ二代目
        慶長4年初代仙台藩主政宗の二男として大坂に生まれ、父の死後、寛永13  (1636)年、38歳で父政宗の後を継ぎ仙台藩第二代藩主となる。「忠宗」  の名は慶長16年に江戸城で元服した際、二代将軍秀忠より一字を賜ったもの  である。後の元和3(1617)年には秀忠の養女、振姫と結婚している。藩  主就任が38歳とまさに壮年で遅咲きの感があるが、寛永13年に藩主として  初入国してから仙台藩の治世に取りかかる。まず、忠宗の政策は基本的に政宗  の政策を踏襲しつつも、政宗時代に確立された藩の諸制度、役職などをもう一  度整備し直し、仙台藩の基盤を強固なものにするというものである。まず、奉  行職については政宗時代には命令の伝達者あるいは執行者という性質ものであ  ったが、それを正式に藩組織の職制として取り込み、6人の奉行とさらに5人  の評定役をおいて合議制によって藩政を運営していくこととした。また、仙台  藩に裁判所(評定所)が創設されたのも忠宗の代からである。まさに忠宗の政  策によって専制の強かった先代政宗の藩政から、仙台藩の藩政は「合議制」へ  と移行していくのである。


参考文献

学研 歴史群像シリーズ19 伊達政宗【独眼竜の野望と咆哮】
河出書房新社 仙台市博物館編渡辺信夫監修 図説伊達政宗
今野印刷 伊達邦宗 伊達家史叢談


関連史跡
感仙殿仙台城跡仙台東照宮観瀾亭


もどる