【父の偉業を継いだ二代目】
慶長4年初代仙台藩主政宗の二男として大坂に生まれ、父の死後、寛永13
(1636)年、38歳で父政宗の後を継ぎ仙台藩第二代藩主となる。「忠宗」
の名は慶長16年に江戸城で元服した際、二代将軍秀忠より一字を賜ったもの
である。後の元和3(1617)年には秀忠の養女、振姫と結婚している。藩
主就任が38歳とまさに壮年で遅咲きの感があるが、寛永13年に藩主として
初入国してから仙台藩の治世に取りかかる。まず、忠宗の政策は基本的に政宗
の政策を踏襲しつつも、政宗時代に確立された藩の諸制度、役職などをもう一
度整備し直し、仙台藩の基盤を強固なものにするというものである。まず、奉
行職については政宗時代には命令の伝達者あるいは執行者という性質ものであ
ったが、それを正式に藩組織の職制として取り込み、6人の奉行とさらに5人
の評定役をおいて合議制によって藩政を運営していくこととした。また、仙台
藩に裁判所(評定所)が創設されたのも忠宗の代からである。まさに忠宗の政
策によって専制の強かった先代政宗の藩政から、仙台藩の藩政は「合議制」へ
と移行していくのである。
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