初代宇和島藩主
伊達秀宗



宇和島伊達氏の祖
  政宗の長男。母は吉岡の局で天正19年9月に生まれる。幼名は兵五郎とい  い、4歳のときに人質として秀吉のもとにあずけられる。秀吉は自分の一字「  秀」を兵五郎に与えて「秀宗」と名乗らせ、以後、秀吉の手元で養育される。  関ヶ原の合戦以降、天下は家康のものとなり、西軍諸将、及び豊臣恩顧の大名  を次々と改易してその勢力を削いでいった。これらの情勢から政宗は長男であ  る秀宗に家督を相続させることを断念し、次男忠宗にその家督を継がせる。伊  達家の将来の安泰を願っての判断である。そして、秀宗本人は大阪冬の陣直後  の慶長19年12月28日、政宗とともに二条城で二代将軍徳川秀忠に謁見し、  その場で伊予宇和島10万石を賜る。秀宗は独立大名として政宗のもとを離れ、  初代宇和島藩主の座についたのである。


参考文献

学研 歴史群像シリーズ19 伊達政宗【独眼竜の野望と咆哮】


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