観瀾亭

県指定重要文化財

(宮城県松島町松島字町内56 仙石線松島海岸駅下車徒歩5分)
 

  ●仙台藩主、幕府巡見使の「御仮屋」  この観瀾亭は「月見御殿」とも呼ばれ、藩主の納涼、 観月の亭などに利用されていました。また、記録によれ ば、幕府巡見使らが諸国巡回の際の宿泊施設としても利 用していたとされ、「別荘」の他にも「御仮屋」として の役割もあったとされています。  この付近は月見崎と呼ばれ、観瀾亭依然にも伊達政宗 が休息所を構えていました。しかし、正保2(1643) 年の火事で焼失してしまい、現存する観瀾亭はその後に 移築されたものです。 ●もともとは伏見桃山城の一棟  この観瀾亭の原形ともいえる建物は文禄年間に豊臣秀 吉から伊達政宗が拝領した伏見桃山城の一棟でした。そ の建物が江戸品川の藩邸に移築され、そしてさらに二代

(1)入り口

  藩主忠宗が海路で松島へ輸送し、この地に建築しました。 移築に際して忠宗は「一木一石も変えぬように」と指示 したとされています。建物内部も当時のままで、障壁画 は国の重要文化財、鳳凰図は県の有形文化財にそれぞれ 指定されています。「観瀾亭」と名付けたのは五代藩主 吉村で、床の間の「雨奇晴好」の額は吉村の筆、次の間 との欄間にかけてある「観瀾」の2字は七代藩主の重村 の筆によるものとされています。  また当地には松島博物館があり、宮城県の博物館とし ては珍しく、武田信玄の自筆書状が展示されていました。 ●参考文献 河出書房 仙台市博物館編渡辺信夫監修 図説伊達政宗 山川出版 宮城県の歴史散歩 及び現地説明板、観瀾亭・松島博物館パンフレット

(2)観瀾亭建物


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