●現地説明板
伊達政宗公(1567〜1636年)
戦国・安土桃山、江戸初期の武将。仙台藩主。幼名は梵天丸。18歳で家督
を継ぎ米沢を根拠地として勢力を伸ばした。徳川政権成立までは戦国大名その
もので、豊臣秀吉との攻防は有名である。江戸幕府成立後、居城を岩出山から
仙台に移し、名実ともに仙台藩62万石の大名となり、70歳で没するまで終
生藩主の座にあった。海外貿易にも力を注ぎ、支倉常長をローマに派遣した。
また、和歌・能・茶道に通じ、仙台に桃山文化を移植するなど文化面にも貢献
した。幼少の頃右目を失明し「独眼竜」と称された。
宮城米と政宗
伊達藩の米の生産高は天下一と伝えられている。実高は100万石を確実に
突破していたとされる。それは、政宗が大規模な新田開発と、運河や海路の整
備をなした成果といえる。江戸の米の大半は仙台米が占め、江戸の米相場は仙
台米を建米として米価を定め、またそれは本穀米(本石米)と呼ばれ、消費経
済の基準ともされていた。
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