亘理伊達家初代
伊達成実

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       【伊達成実尊像(亘理町大雄寺)】        【仙台伊達家二十四将(涌谷町立史料館蔵品)



「智」の小十郎に対し、「武」の成実
  稙宗の三男実元を父に晴宗の娘を母にもつ伊達家の一門である。英毅大略あ  り、武勇無双と称され「武」の面で政宗を支える。人取橋の戦いでは芦名、佐  竹連合軍の主力を相手に討死覚悟で本陣を死守し、以後も摺上原の戦いなどで  伊達軍団の主力として政宗に従軍する。朝鮮出兵の位禄に不満をもち、一時期   政宗のもとをはなれ高野山に出奔するが、のちに帰参する。1600年の白石  の役の後に亘理城城主となり成実の子孫は以後、「亘理伊達氏」と称され仙台  藩における一門衆として重要な位置を保つ。また、成実は政宗の一代記「成実  記」を記し政宗の偉業を後世に伝え、そして晩年は三代将軍家光に奥州の軍議  を講じてその武勇を賞賛された。


参考文献

学研 歴史群像シリーズ19 伊達政宗【独眼竜の野望と咆哮】
Koei シブサワ・コウ監修 信長の野望烈風伝 武将FILE


関連史跡
大雄寺(亘理伊達家御霊屋)亘理城(臥牛城)跡


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