○FEN(フェン/Far East Network)…『死の島』二三一日前 28.6.6 

 二三一日前では、相馬がFEN(ラジオ)で初めて「レミンカイネンの帰郷」を 聞いたとあります。以下の写真は朝日新聞、昭和28年6月3日の実際の記事を任意に(というかページの左上に番組欄が来ていてコピーがとりやすかった)ス キャンしたものです。ぼやけていて見づらいかも知れませんが、FENの欄は一番下にあります。
 相馬は「この前聞いた」と話しているので、231日前すなわち昭和28年6月6日(これは小説の一場面に指定された架空の時間ですが)から遡ってFEN の欄を見ていけば、もしかするとどこかにシベリウスの名があるかもしれないと思って見ていったのですが、見つかりませんでした(28年4月1日まで確 認)。しかし、調査した期間はわずか二ヶ月間なので、どこかにシベリウスの音楽が出てくるかも知れません。以下の記事以外でチャイコフスキーなどクラシッ ク作曲家の名も見あたりました。
 


 写真がぼけていますので翻刻しておきます。しかし私の知らない名前ばかりなのでどういうジャンルの音楽なのかは分かりません。あくまで番組プログラムが どうなっていたか紙面に現れた形だけでもお知らせしたいと思い載せております。
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 FEN =770KC
1・00 グレン・オッサー楽団
3・15 チャーリーン・ホークス
7・30 ケイ・スター ノア、ジョー・ウエヌテイ ジェラシー
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上の段は、左からラジオ東京、NHK第1、NHK第二、日本文化、
下の段は、同様にNHKテレビ、FEN、中日=1090KC(夜の部)、新日本=1210KC(夜の部)、朝日=1010KC(夜の部)
の順で並んでいます。時には記事の体裁によって下の段が、上の段の右隣にくることがあるようです。
現在と異なり、中日、新日本、朝日というラジオ局は「夜の部」とあるように夜のみの放送であるが分かります。
FENも午後から夜にかけての放送であったようです。(2000.7.29)
 

<補足>
 天狗堂のご主人からご教示を頂きまし た。
ProjectHanda フリー掲示板(わ が講座の掲示板)より以下無許可転載

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2000/8/31(木)01:21 - 天狗堂主人

 「死の島」研究家殿。

 FENってのは、進駐軍専用のラジオ放送のことじゃなかったっけ?
 ああ、忘却とは…
 昔、板付基地(現在の福岡空港)でやってたFENを聞きながら、〈内なる外国〉に
思いを馳せておりました。ぜ〜んぶ、英語でありましたよ。ぜ〜んぶ、わからなかった。
 鹿児島出身の吉田拓郎は広島に引っ越して、岩国基地のFENを聞いて育ち、
そうして上京してデビューしたのでした。
 彼が広島商大に在学中につくったのが「イメージの詩(うた)」です。

 これこそはと 信じれるものが
 この世にあるだろうか
 信じるものがあったとしても
 信じないそぶり
 悲しい涙を流している人は
 きれいなものでしょうね
 涙をこらえて 笑っている人は
 きれいなものでしょうね
 男はどうして女を求めて
 さまよっているんだろう
 女はどうしておとこを求めて
 着飾っているんだろう
 いいかげんなやつらと 口をあわせて
 俺は歩いていたい
 …… 

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(2000.8.31)
 
 

 「夢のように 福永武彦研究」 のとよくら氏よりご教示頂いた内容を以下紹介させていただきます(私信を氏の許可を得て引用します。天狗堂主人の文章と重複する箇所があります)。

 とよくら氏によると、FENというのは米軍放送のことで、日本にいる米軍兵に 聴かせるもの。全部英語の放送になる。肉体的訓練の休息のための音楽と、アメリカを遠く離れて暮らしている郷愁をなぐさめるための本国のニュースが中心。 ネイティブな英語を手軽に聴くことができるために英語の教材に使われたり、音楽好きな人たちがよく聴いていたりする。放送される音楽は、選りすぐりのも の。
 それから、とよくら氏の私的なご体験もついでに紹介させて頂きます。
「私は最近訊きませんが、学生の頃はよく聴いていました。鹿児島でもFM放送局の少なかった頃*は、それこそ貪るように。福永がFENからモチーフを得た かも知れないというのは、私にはとても愉しい想像に違いありません。」**

*鹿児島ではつい最近、ミューFMという鹿児島初の民放FM局ができました。取 締役か何かが、チェッカーズのフミヤだったような気がする。
**とよくら氏より後日補足・訂正が入りました。当時、氏は鹿児島と他の地域とを往復する生活をされていて、鹿児島でFENが聞けたかどうかははっきりし ないとのことです。(2000.9.5)

 それから昨夜、天狗堂主人をはじめとする福岡、長崎県内の日本近代文学系の先 生方と講座の院生とで読書会があり、その後飲みに行ったのですが、FEN(エフイーエヌと先生方は仰っていた*)の話題が出ました。4〜50代の先生方は ご存じでしたが、僕を含めた20代の院生はその存在を知らないようでした。この記述はとよくら氏の年齢とは無関係(念のため)。おそらく僕の講座はいわゆ る日本文学系の学生ばかりなので、英語放送にはあまりなじみがないのかも知れません。
*『死の島』231日前には「フエン」とルビがある(『福永武彦全集第十卷』491頁)。
 ところで、その中の一人の先生と福永武彦の話になりました。その先生は、以前高等学校の国語の教科書用に「一時間の航海」の注釈をなさったそうですが、 「注釈をやって同時代的なものに還元しても、果たしてそれが有効かというと、福永の作品はそういうものじゃないような気がした」と仰っていました。「論じ る切り口が難しいと思います」と僕が答えると、先生も「うん、難しい、、、」。
 福永には「愛」「死」「虚無」…といったタームを盛んに使った論文が多いし、そういう言葉を使えば、福永を論じた気にはなれますが、すでにその時点で トートロジー(福永と同じ言葉を使ってしまっている)ですし、自閉的な印象をぬぐえません。かといって同時代的なものに戻して、そこから福永作品が有効 に・面白く立ち上がってくるかというと、そうでもないみたい…。
 現在、福永は読まれなくなっています。書店(古本屋を除く)で入手できるのは『草の花』(新潮文庫)だけかもしれません。そういう福永作品がどうやった ら読まれるか、どういう角度から迫っていけば、福永作品が現在からも面白く立ち上がってくるかを今考えています。で、このページはそういうことを考えるた めの最低限の基礎作業と思っています。勿論、この作業がその目的に有効かどうかはわかりません。
(2000.9.3)