〜「九州日報」 フクナガタケヒコ 投稿詩 関連記事〜
2004.8.28

「Q作ランドでの発見」1994年(平成6年)6月1日(水)「西日本新聞」より



 福岡市赤煉瓦文化館で始まった「夢野久作展・快人Q作ランド」*で、夢野久作のことではなく、面白いものを発見した。
 展示資料の中に、夢野久作が勤めていた新聞社・九州日報の紙面がある。家庭欄に香倶士三鳥の筆名で童話を連載しているのだ。
 その大正十三年二月二日付紙面の童話「先生の目玉に」の枠の中に、子供投稿詩が挟み込まれている。全文を原文のまま写してみよう**。 
 イヌトネコ 
フクナガタケヒコ(六ツ)
ユキガフッタラ
ネコハコタツニ
マンマルイ
イヌハヨロコビ
ネコケシアソボ
 印刷がつぶれており「ネコケシ」の箇所には首をひねったが、そう読める。「ネコケン」かも知れぬし、意味はよく分からないが、問題はそれではなく、「フクナガ タケヒコ」だ。
 大正十三年に六歳の「フクナガ タケヒコ」とは、同七年、二日市(筑紫野市)に生まれた後年の作家・福永武彦に違いない。それにたぶん彼にとって活字になった作品の第一号であろうし、その詩の選者は夢野久作自身だろう。
 夢野久作と福永武彦がこんな形で出会っていたとは、おそらく近代文学研究者の誰も知るまいと、一人で興奮してしまった。 (桂)***


(注)
*1994年6月1日付西日本新聞を参照すると、「快人Q作ランド」は福岡市中央区天神一丁目の同市赤煉瓦文化館で開催されたようです。会期については、初日ははっきり分かりませんが6月26日まで開催されたようです。

**私・上村が翻刻したのと若干異なります。

***(桂)というペンネームは文学研究者の花田俊典先生(故人)です。私がお世話になった恩師ですが、先生の御生前、上記のQ作ランドで「福永武彦の幼少詩をみたことがあるから、マイクロフィルムで探してごらん」、というようなことをおっしゃって頂いた覚えがあります。

 第一発見者は花田先生ということになるかも知れませんが、もしかすると「夢野久作展・快人Q作ランド」で展示発表の準備をなさったどなたかが、第一発見者かも知れません。


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