2枚目

(消印)1976(昭和51)年9月20日 東京千歳
鉛筆で「51,9,22」とあるが、これは天導書房さんの書き込みと思われます。


 
 
 




文面 「前略 電話でお願ひしました左/記一冊お送り下さい/89泉鏡花読本  一、五〇〇/右宜しく 九月二十日」

【書    名】泉鏡花讀本
【著    者】泉鏡花著 ; 久保田万太郎編著(か?)
【出 版 社】東京 : 三笠書房,
【発 行 日】1936.9 (讀本現代日本文学 ; 7)

*泉鏡花は学生時代に愛読したと言っています。以下、「懐かしい鏡花」(昭和39年11月、全集第十五巻)より

私は大体が物に熱中するたちだが、むかし高等学校の生徒だった頃に、夜も日も明けずに鏡花に惚れ込んだことがある。<他にも「雑読と濫読」というくらい色々な作家を読んだと述べた上で>……ただ鏡花だけが、ちょっと桁違いに、私を魅了していた。……何がそんなに私を駆り立てていたのか、今の少年たちは、もう鏡花なんか読もうともしないだろう。なぜなら彼らの浪漫主義を満足させるためには、もっと安直なものがある。映画やテレヴィのように努力を必要としないで与えられる陶酔がある。<安直なメデイアのせいもあるが、福永が高等学校の生徒だった頃も鏡花の文章は決して易しくはなかったと述べて>……鏡花はその当時既にアナクロニズムだったし、それ故に、かえって時代とは別のところに位置し、現在に於ても古びない何物かをもっているとも言えるのである。私は鏡花の絢爛とした物語を、ある抽象的な時と処の物語として読んでいたような気がする。……普通の小説が多かれ少なかれリアリズムの洗礼を受けて、現実との相似の関係に於て小説的現実を成り立たせているのに反して、鏡花の場合には、作者の夢みた現実の他に如何なる現実もない。それが少年の読者であった当時の私には、甚だ魅惑的に映ったに違いない。なぜならば私も亦、現実というものを、いまだ自己の内部に於てしか発見していなかったからである。」

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<鏡花の文学が「自己の内部」だけの他者を排した文学であるかどうかは分かりませんが、上記引用末尾に関して福永は以下のように「反省」しながら述べています。>
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「ある小説家の反省」(昭和33年1月、全集第十七巻より)
「ところで僕は、人間を深層心理学的にとらえようと考えていた。もともと僕には、孤独の中に沈潜する悪癖があり、生得的にも人間嫌いだから、自分の熟知する数人の人物(というよりも、結局は自分だけ)を内部的に追いつめて行くことで、人間一般を発見しようと思った。僕は僕の十年の体験が浅かったとは思わない<十年とは『1946文学的考察』から十年ということ>。しかし、人間は常に他人との関係に於て生きているので個人が如何に内部に沈潜したところで、それは魂の持つ一種の影、つまりは抒情というにすぎない。人間的関係に於て、更に言えば外部との接触の度合に於て、この影が幾つも重なり合い、そこに複雑な映像を結ぶのでなければ、この内面的人間像は実体として浮び上がらない。」
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「外部との接触の度合に於て、この影が幾つも重なり合い、そこに複雑な映像を…」のあたりは極端に単純化して言ってしまえば、例えば人から褒められたら嬉しくなり、自分に自信がもてるようになる、というようなことです。「複雑な映像」ともありますが、これはある人は自分をべた褒めし、別の人はお世辞程度に褒めてくれ、またさらに別の人からはけちょんけちょんにけなされたりした場合に、「複雑な映像」を結ぶことになります。それは登場人物の内面だけでなく、読者にも「複雑な」人物関係として映るということになります。けちょんけちょんに言ってくる人がいた場合に、べた褒めした人間の言葉は果たして本当なのか?というような事になります。
 


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