<若い女性> 昭和31年7月号

「「鏡の中の少女」は「若い女性」という雑誌から頼まれて自分では易しく書いた つもりでいたのに、編集部から勝手に手を入れられた。…」(全集第四巻「序」)

 その手を入れられた様子ですが、

 ・
「あたしよ。 わからないの? あたしよ。」
 鏡の中の少女がゆっくりと麻里の前へ歩いてきた。その少女は笑った。その笑う顔が次第に大きくなる。夜のように大きくなる。それは夜よりも巨大になり、 彼女を無慈悲に押し潰す。(全集第四巻 209ページ)


 とここまでは同じなのですが(といっても父親の名前が五百木なのに初出誌では八百木となっている)、この後が大夫違います。

<初出誌>

 その年の秋、八百木画伯 は単身パリへ立った。展覧会に、置き土産として出品した「鏡の中の少女」は、多くの批評家から傑作という折紙をつけられた。
 評判を聞きつけて、その絵の前に集まった人たちは、口々に、何でも亡くなったお嬢さんがモデルだそうだ、とか、大 したものだ、とか呟いた。女の客は、綺麗なお嬢さんね、と言った。
 「これは八百木画伯の絵じゃない。あの人に描けるようなものじゃない。」
 群衆の中から大声でそう叫んだのは内山だった。彼は絵の前に腕組みをして、狂ったように叫んだ。
 「これは天才の絵だ。麻里ちゃん、これは君の絵だ。」人々は気味悪そうに、青年の側を離れた。
 「麻里ちゃん、もし君が、もう少しでも、君のお父さんみたいな俗物に生まれていたら君は決して死ぬことは亡かった のだ。」
 少女の肖像は真直に前を睨んでいた。余計な飾りのついた背景の中で、その顔だけが生きていた。時間のない世界か ら、嘲るように、内山の血走った眼を見詰めていた。
<全集>
 夜になって、別荘に電報 が来た。五百木画伯は、佳子と共に、急いで家を飛び出した。
 麻里の部屋の窓は開いたままだった。月明かりが暗い部屋の中に射し込んでいた。壁に立て掛けられたままのカンヴァ スの上に、月の光がくっきりと落ちた。
 少女の肖像は、生きている者のように、真直に前を睨んでいた。月光に濡れた髪が、潮風にさらさらと揺れた。その眼 は、嘲るように遠くの方を見詰めていた。


 父親は麻里の絵を見て、これを自分の作品だと言って展覧会に出品したら「おどろくべき傑作」といってみんな驚くだろうとか、俺が選んだのは芸術としてで はなく職業としての絵描きだ、とか言っているので、そこら辺を編集部が忖度して勝手に書き換えたものと思われますが、一方では当時の読者がそういう落ちを 望んでいたのかもしれません。
 それからこの初出誌には末尾に<作者付記>というのがついていますので、ご紹介してお きます。下記は翻刻。
 

作者付記 こ の小説は幻想の世界を扱ったものです
から、「筋」や「性格」を描く種類の小説ではありま
せん。芸術家と俗物との対照、そして意識の内部にあ
る狂気と天才との争いを主題にしています。「物」が大
きくなるということは、実存主義的な意味もありますが、
簡単に恐怖の表現だと考えて下さい。
 作者がこういう説明を書くのは全く余計なことで
す。この雑誌の知的水準が高い故、作者は安心して思
う通りの小説を書いたのですが、それでも難解すぎる
といって読者に怒られる心配もあるので、ちょっと付
け足しました。
<鏡の中の少女 挿し絵 左191,右197頁> 下高原健二画

   
 
 

<雑誌表紙>昭和31年7月号
 

モデル 有馬稲子(にんじんくらぶ)

 

<奥付>

雑誌刊行期間 昭和30年9月創刊〜昭和45年6月以後休刊