柳 川(福岡県柳川市)

・アクセス:西鉄福岡駅から特急で50分くらい(大牟田線)。運賃は¥850円 だったとおもう。
・うなぎのせいろ蒸しは¥1.600とちょっと高かったけど、ボリュームはあります(沖端川下り着船場のお店で)。
・川下りは僕の乗った船は一時間二十分かかると言われましたが、あっという間です。船が静かな堀割をすいすい進むのが気持ちがいいです。冬場もやっていて コタツが入るそうです。値段は大人一人¥1500。



無論、福永は「廢市」を柳川に厳密に取 材して書いたわけではないのですが、僕自身が柳川に遊びながら気付いたことを記しておきます。

○「やがて水神様のお祭が来た。それは三日間ほど続いたが、」(全集第六巻  145頁)

 大学生の「僕」が海原家に来たのは夏休みのことなので、この水神様のお祭りは 作中ではおそらく八月あたりと思われる。柳川では毎年五月の三、四、五日、沖端(おきのはた)水天宮祭というお祭りが行われている。

○「町の中は日とともに活気づき、華やかな色彩と音響とが堀割という堀割に溢れ た。ここではお神輿の代りに、造花や杉の葉を飾り、たくさんの提灯をぶら下げた大きな屋形船が、堀割を漕ぎめぐった。その船は艫の幕を張ったところを化粧 部屋にし、御簾を欄干の三方に垂らして船舞台がしつらえられていた。」(同)

 この船舞台は三神丸と呼ばれていて、北原白秋記念館(柳川市立歴史民族資料 館)に模型が展示されていた。沖端水天宮祭の時に使用される。小船六隻を前三つ後ろ三つとつなぎ合わせたもの。その上に舞台を築く。

○「お姉さんはわたくしなんかと違ってお雛さまのように綺麗で、直之さんと並ぶ とそれはお似合いの御夫婦でした。」127頁

 柳川では日吉神社というところで結婚式を挙げて、そのあと新郎新婦を先頭に披 露宴会場まで出席者を船で移動するサービスを行っているホテルがあることを船頭さんが紹介してくれた。有吉佐和子の「紀ノ川」にもそんな場面があったよう な気がするが、もっとも川の規模はちがう。毎年70ペアーくらいがこうした形での結婚式を挙げるとのこと。(堀割を進んでいくとそんな看板をおそらく見かけると思います。)
 安子が<それはお似合いでした>、と述べているのはそうした結婚式が想起されたからかもしれない。

○「堀割ですか。しかし堀割というのは人工的なものでしょう。つまり運河です ね。初めは実用のためだったので、大河が氾濫するからこんな策を講じたんでしょうが…」133

 平凡社の大百科事典を見ていたら、柳川にはかつて柳川城があり、平城であった ため防衛のために幾つも堀割を作ったとあった。ここらあたりの違いから何か見えてくるものがあるかもしれない。
 

○「その町が火事になってあらかた焼けたという記事を読まなかったならば」 122頁

 北原白秋の生家(酒屋)が火事で焼け、その後北原家が傾いたのは知られている がそれは明治34年のこと。白秋記念館では「沖端大火」と展示パネルにあった。
 
 

*船頭さんがこんなことを言っていた。「私が小学校一年生の頃、昭和28年ごろ ですが、その頃堀割の水をのんだ記憶がありますよ」。現在の堀割の水はお世辞にも綺麗とは言えないが、昔は野菜を洗ったりと綺麗な水だったらしい。それが どうして汚くなったのか、機会があれば調べてみたい。(どなたかご存じであればご教示下さい)