平成14年3月「国語国文薩摩路」第四十六号に発表したものです。 
(鹿児島大学法文学部人文学科 国語国文学会)



「世界の終り」論

上村周平

 

はじめに

 「世界の終り」は昭和三十四年「文学界」四月号に発表された。源高根が作 者の福永武彦から直接聞いたところによれば、この作品は精神病理学を勉強して書いたものだという# 注1。福永は昭和二十二年から二十七年まで、結核療養のため清瀬の東京療養所にいたが、その間精神病理学に 興味を抱き独学に近い形で勉強している#注2。そう した経緯からこの作品以前にもヒステリーをモチーフとした「時計」(昭和二十八年四月)#注3「水中花」(昭和二十九年六月)や精神病と遺伝の問題を扱った「秋の嘆き」(昭和二十九年十一月)#注4といった作品を執筆している。
 「世界の終り」でも精神の病に陥った黒住多美の世界が描かれている。小説の舞台 は雪に閉ざされることの多い北国だが、粗筋に触れておくと多美は大学病院で内科の研究員をしていた沢村駿太郎と出会い、交際を経た後結婚する(多美は結婚 直前、これといった理由をあげることもなく漠然と「自分が変化する」ことへの恐れを駿太郎に伝えている)。交際の続く中で駿太郎は同じく医者であった父が なくなり実家の病院を継ぐことになる。駿太郎の父の死後しばらくして、「寂代(さびしろ)」(帯広を連想させる)から「弥果(いやはて)」にある#注5沢村家に嫁いで来た多美は、夫・駿太郎が多忙であることと(二人 きりになれるのは就寝前の寝室においてのみ)、姑と折り合いがつかないことから一家の中で孤立感を強めていく。さらに「町そのものが冬眠し、海は閉され、 流氷が海岸を埋め、雪が降り、凍った北風が吹きすさび、そして夜は長い」という環境もあって多美は夫や姑の知らないところで次第に精神状態に変調を来すよ うになり、駿太郎に対して彼女の見た不気味な夢の話をしたり、人のいるはずのないところで誰かが自分を見ていると述べたり、あるはずのないところに自分の 手足や背中が見えると脅えながら訴えている。当初平穏な日常生活を守ろうとする彼は、そのことを「本気に考え」ることはしなかった。やがて多美は多量の催 眠剤を飲み胃洗浄を受けるという事件を起こす(多美自身はこの事件の記憶を喪失)。駿太郎は「単に眠れないから」薬を飲みすぎたと考え、多美もその後は表 面上「平静な日常」に戻ったように思えた。しかし寝室での多美の奇妙な言動がなくならないため、駿太郎は学会に行ったついでに恩師に相談しようと秘かに決 意する。その際多美は「私、怖いの」と分けもなく駿太郎を引き留めている。学会が終わり、恩師から多美の入院を勧められた駿太郎だったが、時既に遅く、多 美の精神状態は急激な変化を遂げる。多美は「世界の終り」というタイトルにあるように、一人没落しつつある世界の中を歩き回っていたのである。そしてそれ を見てしまえば「もうおしまい」だと以前述べていた「もう一人の私」、すなわち「影のように」付き纏っていた自己の分身に出会うところで物語は終わってい る。
 ところで、多美が遭遇した世界没落の場面(一章・四章)もそうだが、狂気の世界 には日常世界から見れば異質な様相があり、まずその点で一種の難解さがある。源は、小説の難解さは人によって異なるだろうがこの作品については「一般的に 難しい小説だろう」と一言こぼしている。その「難しい」が今述べたことと同じかどうかは分からないが、山本健吉は「なぜこのような病気の女が作者にとって 意味を持つのか、かんじんのところが分からない。」#注6と述べている。つまりここではモチーフとして「精神分裂病」が採用されたことへの違和感ないしつかみ所の無さ、ひいては難解さ が表明されている。
 なお「精神分裂病」という病名は現在、問題があるとしてそれに代わる名称を求め る声が挙がっている(病名自体が否定的ニュアンスを強く持ち、患者や家族への偏見を招くこと等)# 注7。本論ではこの作品を論じる必要上、福永武彦が参照した精神医学関係の本あるいはそれに関連のある書物 を参照したため、この病名をそのまま使用している部分がある。しかし、過去の古今東西に渡る引用参考文献については当然ながら出典を明記してあるので、本 論で触れる「精神分裂病」の症状等はこうした文献からのものであることは申し添えておきたい。繰り返しになるが福永が精神病理学を勉強したと明言している 以上、それら精神病理学の言説を参照する必要性があるように思われる。このことは、「世界の終り」という〈文学作品〉に対して〈それらの言説〉が、最近の 病名問題とは別であるが、どのような〈問題〉を提供しているかを考察する、ということである。
 作品発表後まもなく出版された短編集「世界の終り」初版後記#注8の中で、先のように指摘された自作の難解さを意識しながら、福永 は以下のように述べている。

僕が決して技巧上の実験のためにのみ、批評家を眩惑させるためにのみ、 小説を書いているのではなく、心の奥底に人すべての持つ深淵を持ち、それを常に覗き見ながら、この無意識なものを虚構の世界に写し取ろうと努力しているこ とを、読者は、僕の愛する読者は、理解してくれるだろうか。  「僕の愛する読者」とあってかなり熱のこもったアピールだが、本論では福永が求 めている「理解」を、山本から提出された「難解さ」を解くことで示したい。無論その「難解さを解く」とはモチーフの問題であることは限定しておきたい。な ぜ「精神分裂病」がモチーフとしてあるのかそれを解くと同時に、この作品が「人すべて」とどう関係があるのかを問題化したい。
 なお本文の引用は『福永武彦全集第六巻』(新潮社)による。単に全集とある場合 はこのシリーズの全集を指す。

 

一章 多美の世界

 「夕焼が美しい」。この魅入られた一言から作品「世界の終り」は始まる。 ボードレールは「悪の華」の中で恋人(サバチエ夫人)の浸食を受けつつある記憶を夕焼けの美に照応させている。

やさしく慕うこの心、果てしなく夜の虚無を憎むから、
きららかな過去の名残を集め行く!
陽は西に、自らの凍る血潮に沈み行き……
君の想いはわが胸に聖体盒に似て冴えながら!(「夕べの階調」)#注9
 「過去の名残」を集めることで、「君の想い」(Ton souvenir en moi)は貴金属で作られた聖体盒のように輝く。しかしこの夕焼けという場面そのものが、やがて「夜の虚無」が到来することを運命づけている。福永曰く 「この思い出を呼び覚すのは、黄昏の中に音と匂と色とが混り合う悩ましい階調に於てである」#注 10。時間の経過によって浸食され断片化された「過去の名残」とは、恋人の姿や声や香水の香りなどが散ら ばったものだろう。ここではそれらを取り出すアマルガムとなるのが夕焼だが、しかし夕焼けは輝くと同時に沈んでいく。呼び覚まされた記憶も、その後再び記 憶の底に沈んでいくのだろう。記憶と夕焼けとが照応するのはこうしたところである。
 さて「世界の終り」の一章・四章は、今述べたことをひとつの構図として持ってい る。冬の「弥果」では天気が晴れて夕焼が出ることは珍しいと作中ではなっているが、その夕焼を契機に多美の狂気が呼び覚まされ、そしてその狂気とともに多 美自身も消えていく、という構図である。多美は夕焼によって街が焼かれ、灰燼に帰した光景を見ている。そして夫の駿太郎が学会から帰り着いたときには篠つ くような雨が降っているが、その雨は既に一切を洗い流して多美の痕跡を残さないかのようである。
 重複するが「世界の終り」において夕焼が意味するところをもっと考えてみると、 多美において夕焼はその炎によって街を燃やすということになっているが、日常風景がその日常性を失っていくという意味で一種の浸食作用を意味している。そ してその夕焼は同時に、多美がそれに魅入られることによって彼女の中でなにかが浸食を受けつつあることも意味している。それは単に多美が夕焼に魅入ってい るという状態ではない。むしろ多美に対して夕焼は自らを火事だと思わせている、と言った方がよい。そしてこのことは、多美の心が浸食を受けている、つまり 精神を病んでいる、という事態を示している。ボードレールの「忘却の河」の夕焼が時間の経過に浸食されつつある記憶を呼び覚ましているのに対して、「世界 の終り」において夕焼が呼び覚ましているのは、ムンクの「叫び」にあるような#注11多美の浸食を受けつつある心なのである。
 「空が燃えている」。これは直喩ではない。街で火事が起こっているわけでもない のに「消防自動車のサイレンの音」がひっきりなしに聞こえている彼女にとって、空はまさしく燃えているのであり、何か不吉な予兆のようなものを感じとって いる。多美はその理由を自問する。しかし自問しながらも、その尋ねた先が一体誰なのかあるいは何なのか、とさらなる疑問を生ずるような自問なのである。 私は私に訊く。どうしてなの、と。
世界の終りなのだ。
誰が答えたのだろう、誰が私に世界の終りなのだ、などと答えたのだろう。私じゃな い。私はそんなことは考えもしなかった。しかし本当にそうなのかもしれない。(一章)
 疑問は抱きながらも、多美は「世界の終りなのだ」という語りかけ・幻聴を、受け 入れている。この幻聴は多美にとって鮮明に聞こえている。しかし幻聴が現実に聞こえる声と違うのは、耳をふさいで拒絶するといったことが出来ない点であ る。
 福永は精神病理学の勉強の中でユジェーヌ・ミンコフスキーの『精神分裂病』や村 上仁の『精神分裂病の心理』を読んだとのべているが#注12、ミンコフスキーは患者は感覚運動器官、記憶、知能等にはなんら障害はないにも関わらず、「わたし  ― ここ ―  今」なる根源的観念が消失しているとして、その本質的な障害が「現実との生ける接触の喪失」だと述べている #注13 。「生ける接触」とは簡単にいうと「生との調和感」 ということである。ミンコフスキーはその後別の著作で、この調和感の一つとして「生きられる距離」# 注14を考察している。 私を生活から分離する距離、あるいはむしろ私を生活と結合する距離のよ うなものが存在する。私の前には、私の活動性と私の生命とをなんの支障も受けず繰り広げることができる、自由な空間のようなものがつねにある。私は、私が 前にしているこの空間のなかで、くつろぎを感じ、自由を感じる。自我と周囲の生成の間には、物理的意味での、直接的接触はない。私と周囲の生成との接触 は、われわれを互いに結合している「距離」を越えて、あるいはむしろこの「距離」に助けられて実現されるのである。(中略)生きられる距離が欠損するた め、患者は、周囲の出来事が普通よりもずっと直接的に個人に触れ、影響を与えるという感情を持ち、したがって患者の方でも、異常な親密さをもって、それら の出来事に関与することになるのではないか  ミンコフスキーによれば、精神を病むということは具体的にはこの距離感が浸食さ れるということである。そしてこの「生きられる距離」が失われれば、心的現象の在処は逆転し、知覚される世界も変化する。作中人物の多美の場合は、精神病 理学において「世界没落感」と呼ばれる様相を呈している#注15
 今述べていることを補足するために参照するが、精神科医・渡辺哲夫の『知覚の呪 縛』#注16では、重度の「精神分裂病」の症状に 陥った一人の患者(初老の女性)との診療場面とその四苦八苦を重ねた濃密な分析内容が書き綴られている。渡辺は彼女の症状が重篤でありすぎるために、途方 もなく理解困難な背理が渦巻いていると繰り返し述べている。そのことは彼女が特例中の特例であることを示唆しているが、そのうちの一つを要点を簡略化して 見ておきたい。患者は「ワラ地球」と「オトチ」(お土地)なる言葉(この二つだけではないが)で、彼女の没落した世界を渡辺に告げるが、「ワラ」という無 機質な接頭語を伴った「ワラ地球」とは、彼女の周囲の世界であり、知覚・五感の届く領域を指している(因みに、患者の目の前でカウンセリングを行う渡辺は 彼女にとって「ヒトカタ」、「ワラ人間」となる)。「オトチ」とは「ワラ地球」の外部にあり、彼女はそれが知覚の変化によって無機質化した「ワラ地球」に 代わる「本当の・モトの地球」だと考えている。しかしここに背理があって、知覚されているはずの「ワラ地球」よりも、知覚されていない「オトチ」の「存在 の強度」は桁違いだという。このことは、背後、窓の外、ものかげなどに知覚することは決してできないが実にものものしい存在感をもった他者の存在を感じる という分裂病の症状と通じている(多美も作中でそういうことを訴えている)。渡辺はこうした現象を「実体的思い」#注17という彼自身の造語で説明するが、知覚できないはずのものが 実体的に立ち現れてくるとはどういう状態なのか。 思い的立ち現われの根本性格は、知覚できない、知覚していないというこ とにある。机の裏側、背後風景、他人の世界、日月星辰に到る世界、昨日の、明日の世界、私の脳や内臓。ここで肝腎なことは、知覚できない世界を私が思うの ではなく、世界が思い的に立ち現れる、思いは_心の中_の思考や感情ではなく、世界の存在そのものであるという点にある。思う主は、強いて言えば、世界な のである。#注18  思う主は心の中ではなく、周囲の「世界」であるという。先に見たように多美は自 問しながらも「私はそんなことは考えもしなかった」と述べている。一章冒頭で「要するに夕焼なのだ」といいながら、それが普通の夕焼ではないように見え、 また聞こえるはずのない消防自動車のサイレンまでもが聞こえてくるのは、この渡辺の説明で状況が理解できる。一章や四章で示される「世界の終り」とは「世 界」そのものが終りを告げてくる、他に逃げようがない、彼女一人の世界なのであり、不可解としか思えないが彼女自身なのである。それはミンコフスキーが言 うような距離感を失った世界であろう。距離感がないとは、その「世界」に殆ど隷属する以外にない、ということである。さらに渡辺が言うには「実体的思いは 常に現在形の経験であって、これは常に必ず知覚現場の実体性と交錯し合い、遂には知覚の実体性を浸食し破壊してしまう。要するに知覚から自然な実体性を剥 奪しこれを「ワラ」にしてしまう」という#注19。 ミンコフスキーの著作には時間の感覚がなくなったという症状例が出てくるが、多美自身も自分には過去もなく未来もない、「時間は私の掌の上にはない。多く の時間を道の上に落として来た」と奇妙なことを述べている。眼前の空間が浸食されるだけでなく、時間感覚までもが剥奪されている。多美は夕焼の光景の中で 他にも「時間が止って、世界が終る」と述べている。通常夕焼という現象は刻々と夜に近づく一つの時間現象でありその点で流れであるが、「時間が止ってし まったから夜はもう来ないだろう」と多美に思わせているように、ここではその夕焼そのものが、すなわち「世界」の方が自らに決定権を持って歩みを止めてし まっている。
 さしあたって、精神医学の文献を参照しながら多美の精神の病が「生きられる距 離」を浸食されること、前後するが、浸食ということがボードレールにおける夕焼のイメージと結び付き、それが多美の発狂から死へ至る過程にも見出されるこ と、それから作中で描かれている世界没落の様相についても見てきた。ところでこの「世界の終り」では現れ出てしまった世界没落の様相そのものが謎に満ちて いる。その世界で多美は自分の考えになかったことを告げられ驚いているといったことがあるからである。こうしたことの内実を検討してみたい。内実を問うと はその世界にあるいはその外に多美自身の根拠、すなわち主体的な意志なり欲望なりを見出すことにある。
 ミンコフスキーは、時間感覚を喪失し、重苦しい毎日が日々関連もなく単調に過ぎ ていき、夜毎「自分が明日死刑になる」と訴え続ける患者を挙げている。そこにおいて患者は生ける接触が衰弱した結果妄想が生じるが、健常者でもときには 「人格的躍動が衰弱」し未来が閉ざされるような場合は死刑囚に近い状態に置かれるのであり、妄想「それ自身は正常な思惟の試みにすぎない」#注20、と述べている。福永自身療養所における体験で「ミンコフス キイの謂わゆる「現実との生きた接触」が、療養生活を送っていると健常人の間にも突発的に消滅する場合があることなどを観察した」#注21とか、夜中に聞く咳や看護婦の白衣、廊下の足音も何もかもが 死を連想させ、「精神病類似の諸徴候」#注22に 陥ることがあるとコメントしている。結核は当時不治の病であった。
 多美は夫の無理解で孤立してしまっている家庭環境が改善されないことに失望して いるし、孤立感そのものに苦しめられている。また自分の精神の変調に気付き、そのことに脅えているし、そうした妻を観察した駿太郎がいうような嫁姑問題と は別の「謂わば根源的な不安」を抱え込んでいる。こうした中で「誰かが階段の上で私を見ている」とか自分の手や足がある筈のないところに見えると様々な愁 訴するが、駿太郎を一番驚かせたのは、「もう一人の私」が出現すれば自分の終りを意味するといって号泣したことである。しかし、没落しつつある世界の中で は、多美は「自分がしょっちゅうさがしていたのは、もう一人の私だったに違いない」とそことは矛盾するようなことを述べている。
 渡邊正彦は多美の分身出現について「オットー・ランクは、自己への異常に強い関 心、自己への強い固着、自己へのナルシシズム的愛は、自己が失われることへの不安や恐怖を生み、防衛的機制として分身を生み出すが、分身が出現すれば、同 じ理由で不安や恐怖を感じ、自我に対するエロス的な態勢(かまえや状態)を触発すると言っている。悪循環である。多美が直面しているのは、このような事態 である」#注23と述べ、早くに母を失い自己の存 在感が希薄な多美の孤独な境遇や#注24、駿太郎 にひとりぼっちにしないでとせがむ多美のナルシシズムの関与について触れている。ここで確認しておきたいのは「防衛機制」ということだが、分身の出現や妄 想や幻覚は、得体の知れない不安感を抱え込むよりも、具体的な対象性(代理)を伴う点で後者よりもましであるということである。しかし問題なのはその代理 のものが、つまり多美自身が呼び出したものが、「悪循環」を含んでいて彼女を脅かしてもいる、という点だけではない。
 多美の没落世界で奇妙なことの一つに、人間らしい人間の姿が消えていることがあ る。街の人たちは「みんな死んでしまった。今いるのは別の空間から後始末にやって来た地獄の幽霊たちだ」とあるし、食事を知らせに来た姑についても「お母 さんは見えなくなる。階段を下りる跫音も聞こえない」とあり、まるで影である。多美の周囲の人間は生きた人間としての登場が許されていないし、多美自身も 「私はもう影なのだ」と言っている。渡辺哲夫は主治医として長年先の女性患者をみているが、時として名状しがたい気分に襲われるという。患者は薄笑いを浮 かべながら渡辺が「ワラ人間」であるとか述べるが、そうした言葉の中に殺意を感じるという。それは面と向かって殺意を示すというような普通の意味での殺意 ではないが、想像を働かせて患者の没落世界の中で変化させられてしまった自分自身を考えると、人間としての自分が「‘消されてしまう’という不安」#注25であるという。
 多美の没落世界は、やがて分身を招来する(というか多美が分身に引き寄せられて いく)。彼女は「この女が私を殺し、世界を終わらせるのだ。この街が死んでしまい、街の人々が死んでしまい、道の上に冷たい灰が残っている」のは、「あの 女」つまり分身のせいだと語っている。言ってみれば分身は途方もない殺意の化身なのである。ここで整理すれば、分身が多美を殺し人々も殺しこの世界を終わ らせる。しかし分身は多美自身が呼び出したものであるし、生きた人間の登場を許可しない没落世界そのものも多美自身の幻覚あるいは妄想である。一体何が破 壊の主なのか。あるいは誰が殺意の主なのか。
 渡邊正彦は「しばしば分裂病の患者は、他者に自分の思考や感情を奪われ、乗っ取 られ、命令されたりするという。その他者とは、自己の自己性が他者性に帰してしまっているということにほかならない。多美は、向こう側から出現した本当の 自分 ― 他者となった自己性に、この世界を乗っ取られてしまったのである。これが〈世界の終り〉である」#注26と説明している。このことに異論はないが、付け加えたいのは 多美の自己性だけでなく今言ったように他者の他者性もここでは消滅してしまっているということである。他者が他者として目に映ることによって、他者との差 異を確認することによって私たちは自分というものを確認できるのではないか。
 多美はどこで入手したのか駿太郎にははっきりしないが、催眠薬で未遂に終わった が自殺を図っている。その点で自殺願望が見出せるし、多美の世界没落の様相ならびに彼女を脅かす不吉な分身の登場は、その願望を反映しているのだろう。た だ「世界の終り」一章・四章において、それが主体が抱く願望として取り出せないのは、既に没落した世界の側に殺意が現前しているからである。その殺意のこ もった世界において多美自身は殺害者でも破壊者でもない。ないが、夢のように断絶があって多美自身の願望が投影されているようである。フロイトは『夢判 断』において、「夢作業を不用意に覚醒時思考に比較することは許されないのである。夢作業はそもそも思考したり計量したり判断を下したりはしないのであ る。それはただ変造するだけである」#注27と 言っている。
 繰り返しになるが殺意は「実体的思い」(渡辺哲夫)を参照した箇所で見たように 多美の‘心の中’にあるのではない(だからといってこの距離感が奪われた没落世界の中で‘心の中’があるわけでもない)。世界の側に露出してしまっている からこそ、多美も街の人々も殺され、街も破壊されてしまう。先程没落した世界に多美自身の根拠を求めると述べたが、その世界を支配するような主体としての 根拠はやはり見出せない。
 しかし多美は沢村家にあって、今の自分は幸福ではないと、一種の疎外の状態にあ り、そんな中で駿太郎にはわがままに聞こえるような形で彼に救いを求めていた。その構図が変形された没落世界でも踏襲されていて、殺意・あるいは死の噴出 した救いのない世界に自分を見出しているところに、彼女の救いを求める気持ちが現れ出ているのかも知れない。「どんな不安も私ひとりのもので、あの人には 触れられない。それがあの人には分からないのだ」という言葉がそれに該当するだろう。

 

二章 夢について

 「世界の終り」の冒頭にはボードレールの散文詩草稿が掲げられている。

忘れられた過ちによる死刑宣告。恐怖の感情。
僕は告発に対して文句を言わない。夢の中の
説明の出来ない大きな過ち
 本章ではこの悪夢を意味するエピグラフが置かれた理由やその射程圏を考察するこ とが「世界の終り」における作者のモチーフを検討することにつながると考えている。ボードレールの「パリの憂愁」の草稿断片を見ると、今エピグラフとして 掲げたものの他に、「世界の終り」というタイトルの散文詩が予定されていたことや、ボードレール自身の見た他の悪夢の内容が記されていることは既に指摘#注28がある。山田兼士はボードレールが「世界の終り」を書かな かった(あるいは書けなかった)のは、「終末を持たぬことこそ、彼の「憂愁」の真因なのである」とし、福永が「ボードレールの書かれなかった作品を出発点 とすることによって自らの「世界」の構築を試みた」と述べているが、作品内容と照らし合わせて福永の「世界の終り」にこのエピグラフがなぜ置かれているの か、という肝腎な点についての具体的な考察がない#注29
 作品から離れて考えてみる。「忘れられた過ち」とは何か?それが不問に附されて いる。この夢の中では具体的な過ちを見つけだすことは出来ない。つまりここで「死刑宣告」は現実における過ちが、その事実性が夢の中では変形・忘却されて 象徴的に現れたものなのだろうか。あるいはここでは「オイデイプス神話」を想起してもいいのかもしれない(フロイトのエデイプス・コンプレックスは無関 係)。「忘れられた過ち」とは何か過ちを犯したことを忘れていたわけではなく、ある出来事を思い出した時点でそれが今から見れば過ちであったことに気付い たのであり、説明が出来ない、説明のしようがない、というあたりは、オイデイプス王が故意に罪(父親殺し・近親相姦)を犯したわけではないことに通じる。
 いずれにせよこのエピグラフが恐怖を伴った夢であることはいうまでもないが、こ の夢が、死刑宣告の場、つまり法廷という形を取っていることには注意したい。フロイトは『夢判断』の序章で夢に関する諸説を紹介しているがその一つを取り 上げておく。「われわれが何か不当な非難を、ことにわれわれの意図や志向に関するような不当な非難を却けようとするとき、よく『そんなことは夢にも思いつ かなかった』という。この通り文句でわれわれは一面、夢の領域こそ、われわれがわれわれの観念に対して責任をとらなければならないもっとも遠い最後の世界 だということをいおうとするのである」#注30。 これはフロイト自身の述べていることではないが、夢が日常生活において認識の極限に位置づけられていること、また遠くにあるからといって人間と夢との関係 は無関係ではなく、『夢判断』でフロイトが述べたことも付け加えればむしろ夢の意味するところは精神の内奥であり深淵であるということも示唆している。
 だからといって、安直にこのエピグラフが妻の孤独や精神変調を夢にも思わず理解 を示さなかった駿太郎にとっての懲罰を意味する、といいたいわけではない。無論、そういうふうにもとれるだろうが、エピグラフの恐怖夢は、前章で見たよう な多美の死の世界、殺意に満ちた没落世界にも通じている。その世界は多美に「お前は死ぬ」と「死刑宣告」を告げるが、そのことは多美自身の主体的な殺意で はないことは先に見た。「説明の出来ない大きな過ち」とはそうした世界に取り巻かれた上での違和感、決定的な場違いに気付いた上での困惑そのものだろう し、多美にとって精神を病むこと自体がいわれのないことなのである。そしていわれのないことだからこそ、理由を探し求めなければならないのかもしれない。 「忘れられた過ち」とは、謂わばいわれのないものであるのに関わらず、その理由があることを前提とした理不尽な言表である。償いようがないが、立ち返って 多美自身に過ちがあるのか。そもそも沢村家に嫁いできたことが過ちなのか、子供を流産してしまったことなのか、少なくとも没落世界の中で多美はそうしたこ とを悔いてはいない。
 夢と狂気との類似性は古くからいわれている。『夢判断』にはカントがある著作中 で狂気に陥った人間は「目を覚ましたままで夢を見ている人間である」と述べていることに触れているし、その他も引用しておくと、「クラウスは「狂気は感覚 が目覚めたままの状態での夢である」といい、ショーペンハウエルは「夢を短時間の狂気、狂気を長い夢」と呼び、(中略)ヴントは『生理学的心理学』中に 「実際われわれは夢の中で、われわれが精神病院の中で出会うほとんどすべての現象をみずから親しく体験してみることが出来る」と書いている」#注31とある。さらにユングは、「夢を研究すると、現実がどういう ふうにして明瞭な形をとるか、環境の諸印象がどういうふうに夢に合うように改造されるかが、わかる。すなわち、夢を見た人は、自分自身の外に投射した新し い別の世界にいる。われわれが、夢を見ている人を目を覚ましている人のように歩き廻らせ、振舞わせるなら、早発生痴呆の臨床像が手に入る」#注32とはっきり述べている。
 元に戻って「世界の終り」において夢と狂気との類似性あるいは互換性のようなも のは、作者の資料操作や方法に見出せる。多美は駿太郎に幾つか夢の話をしているが、その内の一つに、サボテンの葉っぱが機械仕掛けみたいにゆっくりおいで おいでをしている。給仕は可愛い男の子で手にお盆をもったまま、ぴょんぴょんはねて歩いていく。犬が機械仕掛けみたいに動いていく、という夢がある(二 章)。今抜粋したこれらは福永が参照したと思われるヤスパース『精神病理学総論』の中にある妄想の例と部分的に酷似している#注33。また先に夢は認識の限界に位置すると同時に精神の深淵を意 味するということを述べたが、この作品の章立てを考えると(ここでフロイトの局所論的モデルは無関係である)、多美の狂気を内側から描いた一章と四章と が、沢村家の様子や多美と駿太郎の結婚と彼女の発狂に至る過程を描いた、常識的な正常者の側(駿太郎)にそった視点による二章三章を包み込んでいる。言い かえると狂気の章は、正常者の章の周辺に位置している。このことは、それらの章が周辺(認識の限界)に置かれることによって夢と同様に精神の深淵を意味す るように配置されていると言いかえてもいいかもしれない。福永がこの作品について述べた「心の奥底に人すべての持つ深淵を持ち、それを常に覗き見ながら、 この無意識なものを虚構の世界に写し取ろうと努力していること」とは、こうした章立てという方法からもトポロジカルに示唆されている。
 フロイトは『夢判断』において夢は願望充足であり、広大な無意識の中にこそ心の 真実が隠されていると述べた。ユングはそれを受けて精神病者の意味不明な発言や行動に解釈を加え、病的観念は患者が正常であったときに心を占めていた一番 重要な問題から来ているとし#注34、「私たちは 狂気のなかに、新しいもの、未知なものを発見しません。私たちは、私たち自身の存在の土台、私たちがみな取り組んでいるきわめて重要な問題の母体を見てい るのです」#注35と述べている。とりあえず「世 界の終り」で福永が狂気と夢を問題にしたのは、それらが類似性・互換性を有しているからであり、われわれは正気と狂気というふうに分けて考えているが、夢 の存在によってそれらが完全に断絶しているのではなく、むしろどこかで、すなわち夢で繋がっているということを示唆していることは確認できた。しかしわれ われにとって無縁ではない夢あるいは狂気の世界は広大である。それを身をもって駿太郎に知らせるのはその世界の中にいる多美である。彼女は海の底へ沈んで いく夢や、北方の原始林を彷徨う夢の話を駿太郎に聞かせるが、「その夢は、或いは、彼女にとっての現実だったのかもしれなかった。そして駿太郎には彼女の 夢のひろがりの全域を眺望することは出来なかった」とあるし、多美は「この道はどこまでも果てしがない」と言いながら、駿太郎がついに聞き知ることのな かった没落世界を歩き回っている。妻という身近な存在であり、姑が些細な口実で嫁を外出させないこともあって、遠出に縁のないはずの多美であるが、その内 面の世界に眼を転じれば駿太郎にとっては遠い存在となのである。福永はヤスパースの「精神病理学総論」を読んで、その中にある「人間は眺望不能である」#注36という言葉に「共感」したと述べているが、このことは今述べ た夢や狂気に留まらない。多美はもともと関西、すなわち「内地の育ちで戦争中に一家が寂代に疎開した」となっている。結婚前、駿太郎の母は興信所に調査を 依頼しているが、多美の生母やその親戚関係については不明であり、費用の点から関西方面についての詳しい調査はそのままになった。そのことを語り手は「結 局それは中途半端なままで終った」とあたかも手抜かりがあったように示唆している。駿太郎は多美の「過去」や「幼児体験」、「生母や姉や継母や妹たちとの 間に嘗て起ったこと」すなわち「多美の精神史」を彼女自身が語らないこともあって知ることが出来ないでいる。駿太郎はそのことにあまり注意を払っていな い。というより注意を払わないで済むようなことを考えている。 人間は、たとえ妻であっても、その精神を了解することができないという のが彼の結論だった。それに何のために了解する必要があろう。日常に営まれる生の中で、何を思い何を考えているのか正確に理解し得ないとしても、人は無事 に暮らして行くことができるのだ。(三章)  この作品では「無事に暮らして」行けなくなるというやっかいな事態が多美を通し て描かれている。駿太郎のこの言葉を逆に辿れば、そういうやっかいなことになったとき、他者が内面で「何を思い何を考えている」ということが「正確に理解 し得ない」がゆえに、大きな障壁になるのである。しかし正確に理解できなくてもその努力はできるだろう。ところが駿太郎は多美の夢の話をまともにとろうと しないし、語り手は多美が自分の「精神史」に関係のあることを「告げようとしなかった」ので駿太郎は「現在からその過去を類推するばかりだった」と語って いるが、要するに駿太郎は知ろうとしなかったのである。なぜ知ろうとしないのか。駿太郎は薄々気付いているが、妻は精神的な問題を抱え込んでおりその内面 を知れば知ったで一家に波紋が起きるだろうし、この作品ではそのように知らないで済ませていた結果、彼女の発狂という悲劇が生じている。妻であっても人間 は「その精神を了解することができない」と駿太郎は悟り澄ましている。平穏な生活が続いているならそれでもいいだろう。だからといって知らぬが仏でやり過 ごせないのが多美の存在なのである。「無事」で平穏な生活が「日常」という幻影によって成り立っていることを彼女は突きつけるのである。多美のように精神 の病に陥るというケースはそう多くはないだろうが、一人の人間が背負ってきた「精神史」は多美自身が「日常」語らないということによってベールで覆われて いるし、その後の変化も沢村家が悲劇に遭遇したようには「日常」からは予想できない。駿太郎は「日常に営まれる生」と月並みなことを述べている。彼にとっ ては医者として働いたりその母や妻を話し相手にしたりして過ごすこと、そのことが「日常」の営みだろう。しかし「生」とはそういう「日常」と同義語なのだ ろうか。「日常」が営まれるところだけがすなわち「生」なのか。多美はそういうところからは遠くにいる。「日常」にいる限り彼女は「眺望不能」なのであ る。少し迂回するが、それをまた冒頭のエピグラフ(恐怖夢)が示唆するところを見ていくことで考えていきたい。
 フロイトは『夢判断』(一九〇〇年)で一旦夢は睡眠を存続させるものであり願望 充足であると述べた。しかし第一次大戦による外傷性神経症の患者が、そこで経験した恐ろしい場面を繰り返し夢の中で見たうえに目を覚ます、ということに突 き当たり、これが快感原則(不快を避け快感を求める)に反するものだと考え、「快感原則の彼岸」(一九二〇年)においてこの問題を解決しようと試みた。こ れらの夢は願望充足に従うよりもむしろ反復強迫に従うものであるとし、患者はそうした経験を自ら進んで反復することによって自我に組み入れ、克服し支配し ようとする試みだと当初は説明するが、このような「デモーニッシュ」な反復強迫は生命にとって肯定的なものではないため快感原則の彼岸にある「死の欲動」 という仮説を提出することになる。フロイトは思弁的な考察に過ぎない、自分でも信じていいかわからない、と断りつつ原初的な生命の話からこの欲動について 説くが、生命をもつ有機体は単純化すると、刺激を受ける物質で構成された未分化な小胞として考えられる。この生命体は外界からの刺戟を自らの運動や刺戟保 護の役割を果たす皮膜層で保護されている(この皮膜層が後に意識システムになるという)。しかし内部からの刺戟(欲動)については、逃げることも、刺戟保 護で守ることもない。この刺戟を制御できなければ、人間の意識の場合は外傷神経症と同じような症状を起こすことになる。これは快感原則に先立ち、快感原則 を考慮しないが、フロイトはこうした反復強迫は欲動そのものであると考え、この欲動は「生命にある有機体に内在する強迫であり、早期の状態を回復しようと するものである」#注37という。ここには生命と はそもそも生命でない物質に生命が付与されることによって生まれたという前提があり、「それまで生命のなかった物質の中で緊張が発生し、この緊張は自己を 解消しようとして、このように最初の欲動が生まれた。 ― 生命のない状態に還帰しようとする欲動である」 #注38のが「死の欲動」であるという。緊張を解消することに欲動があるとは、緊張の増加が不快を、減少が快を意味するという快感原則 に基づいている。快感原則は、不安や恐怖を伴った夢の出現時には適応されないものの、その夢の破壊性が緊張のない状態に向かう「死の欲動」であるとすれ ば、快感原則は「死の欲動に奉仕するもの」#注39と 位置づけている。
 こうして長々と「死の欲望」について触れたのは、海の底へ沈んでいくという多美 の夢について駿太郎がそれを「死への願望であるかもしれない」#注40と、自分の診察室の蔵書にある「洋書の中の幾冊かのフロイド」を想起しながら述べているからである。駿太郎はそんな願望など自 分にあるはずはないと打ち消しているが、多美の発言はその打ち消しをまた打ち消すようにしてある。没落世界の中で多美は悪夢を見た後の、「長いぼんやりし た時間」を思い出す。 私はうっすらとした光に包まれて、じっと立っている。いや立っていると は言えない。私にはもう身体がない、手もなく足もなく胴体もなく、ただふわふわする魂が、暖かい、香ばしい空気の中に漂うだけ。私を取り囲む空間は無限に 広がり、時間は永遠に同じ時刻を指している。私はそれを思い出す。私は空虚で、ただ影のように空間に浮かんでいる。それは私の死だ。(中略)死は夢ではな かったし、その中で私は幸福だった。私の魂は静かに休んでいた。
 しかしそれはもう取り返せない。(四章)
 この緊張感のない無機質な世界は「快感原則の彼岸」にある「死の欲動」の行くつ く先そのものだろう。生成変化には縁のない世界である。そして多美が「私の死だ」と述べるその世界が「取り返せない」とは激変する没落世界の側にはない、 狂気の世界にはないということである。逆を言えばどこかに在るはずのものとして示唆されている、ということになる。
 フロイトは「死の欲動」について、微生物の例を考察しながらその確証なり真理な りを科学的に取り出そうとしている。しかし人間の「死の欲動」や今の引用文として挙げたことは、行為遂行的に捉えるべきなのだろう。駿太郎は「死への願 望」などない、と言ってのけるのが、二章冒頭で多美が「深い深い海の底の方へ」沈んで行ったと語る夢の内容をさらに駿太郎が夢の中で聞いている、という二 重の夢を彼が見た時点で、すでにそこには共有あるいは彼自身も持っているものとして作中では示唆されている。しかし既にそれは夫婦としてともに暮らすなか で知らず知らずのうちに駿太郎が抱え込んでいるものである。多美の様子がおかしくなり駿太郎は多美が見知らぬ女であるかのような錯覚を覚えるが、多美の不 安は駿太郎にも伝染し「不安のような肉欲のようなものが、遂に再び眠りが襲うまで木の葉のように二人の身体をわななかせる」のである。この不安の先には眠 りがあり、二人を突き動かすのは海底に沈んでいくような眠りへの欲望であろう。不安が宿るところに「死の欲動」がある、福永はそれが駿太郎の口にしたよう なあるとかないとかの判断ではなく、夢や普段の生活の中にあり、それをなかなか意識することはないということを示している。
 しかし福永がこのように死を一種の快楽に結びつくものとして提示したのはなぜだ ろうか。多美の自殺未遂は駿太郎の対応や看護婦の胃洗浄で事なきを得ているが、多美は「どうしてあの人はそっと私を眠らせておいてくれなかったのだろう」 と述べている。「あの人」とは駿太郎だが、それは自分に復讐するためだとまで言っている。 本当になぜ目覚めたのだろう。なぜこの生の中に甦ったのだろう。なぜこ のねばねばした重苦しい生の流れが、私の身体に絡みつくのだろう。(四章)  ここにあるのは生が過酷だという実感である。それは狂気の世界における認識であ るが、本稿一章で見たように多美の世界の内側に立てば、狂った認識ではない。先に没落世界には生きた人間の登場が禁止されていると述べたが、そこでは普通 に人間が生きられないからではないか。多美が街の人々を「地獄の幽霊」と見立てているのはそうしたことだろう。没落世界に満ちた殺気あるいは殺意の主は、 ここでは生なのである。
 全集第六巻の「序」 # 注41によれば、福永は昭和三十三年の秋、胃病を患って入院し「二月半ばかり寝ていた」という。翌年二月 「やっとよくなった身体で無理をして書いた」のがこの「世界の終り」であるが、「まさに強迫観念的大気に充ち満ちていて、我ながら余裕に乏しいが、これは 寝ていた間に私の不安感情が高まった結果だろう」と述べている。昭和三十年の前半、福永は「世界の終り」の他に「死後」(昭和三十二年)、「影の部分」 (昭和三十三年)といった作品を書いているが、「この頃の私の作品は、大体に於て固定観念或いは強迫観念を、一つの大気として作品の内部に閉じ籠めてしま おうという傾向の強いものが多い」と述べている。「世界の終り」においてその「強迫観念」を閉じ籠める中心的役割を果たしているのが、多美に対して没落世 界として現れ出た夕焼の光景であることは言うまでもないだろう。そしてこのように定着された「強迫観念」の様相は、精神病理学の文献を援用したように、距 離が奪い去られ(ミンコフスキー)、「実体的思い」(渡辺哲夫)が立ち現れる世界であった。多美は作中しばしば精神状態の変調を恐れている。しかし「世界 の終り」という作品は、その変調後の殺気に満ちた没落世界を通して、その恐怖すべき対象が精神の病ではなく、ここには福永の長期の入院経験を反映させても いいだろうが、実は生そのものにあることを、不幸にも精神を病んでしまったこの黒住多美という人物を登場させることによって、一つの可能性として示してい る。

 

三章 「世界の終り」から「死の島」へ

 狂気、夢、死の欲動とテーマを色々辿ってきた。「世界の終り」は田舎町に ある沢村家という一家族を舞台にしており、「世界の終り」というタイトルが照らし出すのはこの作品では多美一人であった。しかしこの作品に描かれているこ とはもっと広めて考えることができる。
 柄谷行人は「夢の世界」# 注42という論考の中で、夢や狂気の世界とは距離を奪われた世界だといっている。これは一章で触れたミンコ フスキーのいう「距離」とほぼ同じである。本稿二章において夢における距離感については触れなかったが、柄谷はこの論考の中で夢について、それには過酷な ほど明瞭である、ぼんやりとしているという両義性があり、これらはわれわれが内側で生きている夢と、起床後に想起し構成した夢との違いから来ていると述べ ている。ここでは前者が問題である。本稿で取り上げたボードレールの悪夢もこれに属するだろう。

われわれが夢、狂気、未開の思考にあこがれているのは、それらの世界が 自由奔放だからではなく、あまりに過酷な明瞭なリアルな世界だからではないのか。シュールレアリスムの運動は現実が世界大戦というきびしい時代になったと き意味を失ってしまった。なぜなら、現実の世界の方がそのとき「夢の世界」に近づいてしまったからである。  狂気の世界と夢の世界とが通じていることは先に確認したが、現実の世界が、その ような「夢の世界」に近づくという事態は自ずと被爆者・萌木素子を中心人物にすえた長編「死の島」(昭和四十一〜四十五年)を意識させる。この人物は背中 にケロイドを負っているだけでなく、被爆体験によって心の中(内部)も灰燼に帰し、狂気(分身)を抱え込んだ人物として描かれている。「世界の終り」にお ける多美の没落世界は「生きられる距離」を失って死相を帯びた世界として立ち現れるが、それと同様のことがこの人物にも見出せる。また「死の島」の主人 公・相馬鼎は萌木素子やその友人・相見綾子をモデルに創作を試みる作家志望の青年だが、彼は「死の島」冒頭、水爆が破裂した直後の光景を夢で見ることに よって、萌木素子の体験した「あまりに過酷な明瞭なリアルな世界」を、そのまま追体験するかのように描かれている。「死の島」の構想は「世界の終り」より も早い昭和二十年代後半から始まっている。両作品には共通するところが多く、「世界の終り」は小型版「死の島」との意見もある#注43
 福永が精神病理学を学んだことの一つには、それは多美で見たように生の過酷さに よって人間の世界に死が噴出してしまうような事態がそこにあったからであろう。「世界の終り」ではそれが精神を病むということとエピグラフの分析で見たよ うに不安や恐怖を伴った夢においてもありうる、という形で提出されたが、「死の島」では狂気、夢ということだけでなく原爆という問題がそこには大きく絡ん でいる。「死の島」の具体的な考察は、今後の課題とさせて頂きたい。
 
 

注 --------------

1 源高根『編年体・評伝福永武彦』桜華書林、一九八二年、二七ページ参照。この後の引用は三五ページ。

2 この点について詳しくは『福永武彦全集第三巻』の序、及び拙稿「福永武彦「水中花」研究ノート」(「COMPARATIO」vol.5、九州大学大学院比 較社会文化学府・比較文学会、二〇〇一年)を参照されたい。そこで結核療養所と精神病理学との接点についての調査と「水中花」についての論考を記しておい た。

3拙稿「福永武彦「時計」論」(「福永 武彦研究」第六号、福永武彦研究会、二〇〇一年)において記憶・トラウマ(心的外傷)というテーマでフロイトの「ヒステリー研究」等を交えながら論じてみ た。

4王成「福永武彦『秋の歎き』論」 (「国際日本文学研究集会会議録(第十九回)」、国文学研究資料館、一九九五年)参照。

5これら架空の地名については、大森郁 之助「私読「世界の終り」 ― 福永武彦の一視点 ―  」(「札幌大学教養部・札幌大学女子短期大学部紀要」第十号、一九七七年)参照

6「文芸時評」、「読売新聞」昭和三十 四年三月十九日付夕刊。

7 「朝日新聞」二〇〇一年八月二十四日付夕刊参照。また同紙同年十月七日付朝刊には、財団法人・全国精神障害者家族会連合会(全家連)と日本精神神経学会と の連名によって「精神分裂病」に代わる名称を募集する全面広告が出ている。

8 昭和三十四年五月、全集第四巻、四九〇ページ。

9『ボードレール全集_』福永武彦訳、 人文書院、一九六三年、一五一ページ。

10「ボードレール詩鑑賞三編」昭和 二十一年十月、全集第十八巻、六七ページ。

11「イェンス・テイイスはこの画の 表現するところをつぎのようなことばでおきかえている。/「たそがれ、陽が沈んでいく。だが、それは絶望した人間のさいごの夕べのように、恐怖的なたそが れである。空は炎となり、フィヨルドは血の海となってうねる。端、欄干、家、人の姿、すべて火炎のなかでゆらめく。固いものは溶け、溶け流れるものは凝固 する。大気はねばく厚い。地面は足の下で持ち上がり、沈む。/叫びがひびきわたる。死の奈落のきわにたたされた人間の叫び。声は地獄のように赤い夕映から ひびき返る。 ? いや、この叫びはひとりのみじめな人間が死に面してあげた叫びではない。叫んでいるのは大自然である。海であり、大気であり、大地である。昼が、いま、夜 に呑みこまれようとして断末魔の声をはりあげているのだ。/やにわに、地と海と空と、みな消える。だが叫びはのこる。叫び声は一人の男の姿となって ? その男の頭は全部底なしの喉となって、全宇宙をみたす叫び声がそこからひびきでる。」」(宮本忠雄『精神分裂病の世界』紀伊国屋書店、一九七七年、一一六 ページ)

12全集第三巻序(昭和四十八年十一 月)参照。

13『精神分裂病』村上仁訳、みすず 書房、一九五四年。ミンコフスキーの挙げた症例をひとつ引用しておく。「私は自分のいる場所は知っているけれども、私はそこにいるという感じがしない。私 の体は自分のものだという気が一向しない。『私は存在する』という言葉が本当はどんなことを意味するのか私にはわからない。」(八一ページ)

14『生きられる時間_』、中江育生 他訳、みすず書房、一九七三年。その後の引用は「第七章 生きられる空間の精神病理学のために」からである。

15「我々でも大地震等の如く周囲の 状況に突然大きな変化が起り、自己の存在が無に等しい状態に置かれると、その当座は「世界はもう終りだ」と感ずる傾きがある。まして分裂病者が突然自己の 人格的存在そのものの深い生命層における変化を感じ、且つ思考過程もある程度解体しつつある場合、「世界の滅亡と新しい世界の始まり」の感じを抱くことは 当然である」。『精神分裂病の心理』、村上仁、弘文堂、昭和二十六年増補第二刷、七三〜七四ページ。

16 『知覚の呪縛』、西田書店、一九八六年。

17 この造語の経緯について詳しくは同書の六九〜七二ページを参照されたい。簡単に触れておくと、渡辺はこの現象についてのヤスパースの「実体的意識性」とい う精神医学用語では「意識性」という言葉が不適当となるので、大森哲学(大森荘蔵)の「思い」を借りてきたという。

18同、七一ページ。

19同、六七ページ。

20前掲『生きられる時間_』、二五 ページ。

21「フロイトと私」昭和四十四年十 月、全集第十五巻、一六八ページ。

22「病者の心」昭和二十七年五月、 全集第十四巻、一二八ページ。

23「福永武彦の分身小説群」、『近 代文学の分身像』所収、角川書店、平成十一年、一七三〜一七四ページ。渡邊正彦は本書の中で「日本で、福永の「世界の終り」ほど、精神を病んだ人間に分身 が出現する機制や分身体験をその人間の内と外からの痛みと苦しみを共感できるように本格的に描いた作品は他にない」と述べている。

24「多美は母を早く失った。興信所 の調査によっても出自が分からなかった母は、精神障害で死んだと想像できるように書かれている。彼女は幼児期に眼をつぶると視界に光の玉を見る多幸感を味 わっていて、その後はそれを失い、喪失感をもっている。「鏡の中の少女」の主人公麻里も母を亡くし、「夜の寂しい顔」の中学生の「彼」も、父と姉を亡く し、再婚した母の夫婦生活の邪魔になっていることを薄々感じていて、両親も姉も一緒にいた幼年時代を懐かしみ、自分はまだ何者でもなく、存在や存在の感情 が欠けている、と思っている。母的な存在との原初的亀裂は、自己存在の不安や他者への恐怖の原因となりうるのである。」(同、一七四ページ)

25前掲『知覚の呪縛』、九九ペー ジ。

26同、一七六ページ。

27『夢判断』、高橋義孝訳、新潮文 庫、昭和四十四年、下巻二五四ページ。なお「フロイトと私」(前掲)によれば、福永は昭和二十九年と三十年に日本教文社から出版された『夢判断』上下巻 を、それぞれ発刊と同時に訳者・高橋義孝から贈呈されている。

28「「憂愁の詩学」 ? ボードレールから福永武彦へ(2)」、山田兼士、「詩論」6、昭和五十九年。

29 「死刑宣告を受けた詩人は最早人間の世界(日常的現実)に住むことはできない。だが、それが「忘れられた過ち」によるものだとすれば、彼はいかにして自ら を償い得るだろうか。彼の存在自体が死刑宣告の原因なのである。ここには一種の原罪の観念が働いている。しかし、このように多分にカトリック的な原罪の意 識を元に福永武彦が完成した世界は、実に東洋的な、自己消滅への願望の物語に他ならなかった」(同)。

30前掲『夢判断』、上巻九二ページ

31同、上巻一一八ページ

32「早発生痴呆の心理」、『分裂病 の心理』所収、安田一郎訳、青土社、一九九五年、一六九〜一七〇ページ。なお「早発生痴呆」という病名は後に「精神分裂病」と変更される。また村上仁『精 神分裂病の心理』(前掲)八二ページには、ユングのこの見解が触れられている。

33「ある患者は、喫茶店で給仕人が 変に目につく。その給仕人は非常にいそいで気味悪く患者の側を跳ねていった。ある知人のところでは奇妙な動作が目につき、物騒に思えた。街の上では何もか も非常にちがっていた。何かが起こったにちがいなかった。そばを過ぎた一人の男は大変鋭い眼をしていた。多分探偵だった。それから一匹の犬が来たが、催眠 術にかけられたようで、ゴムの犬みたいで、機械仕掛けみたいだった。」(『精神病理学総論』上巻、内村祐之他訳、岩波書店、一九五三年、一五一ページ)。 なお「フロイトと私」(前掲)には同書への言及がある。

34ユングは三十五年間入院していた 一患者を例に挙げているが、その女性は何十年間もベットに横になり一言も話をしなかったが、いつも両手をこする特有の運動をしていた。それを詳細に見ると 靴を縫うような仕草であった。その兄に病気の原因を聞くと、彼女には悲しい恋愛事件があり、それでメランコリックになった。その恋人は靴屋だったという。

35「精神病の内容」、前掲書所収、 三七ページ。

36「フロイトと私」(前掲)、一六 九頁。水谷昭夫はこのエッセイについて以下のように書いている。「たとえばフロイトは、一つの外傷的体験から一つの症例を引き出す。/一つの出来事が原因 となる。/しかしヤスパースはちがっている。/一つのものが、一つのものになることを、その根源から疑っている。ヤスパースの『精神病理学総論』はそのこ とをこんな風に語っている。/大脳の器質的脳疾患は、同じ患者からさえ全く同じ症例はあらわれない。/(中略)福永武彦は「人間はもっと見通しの厄介なも のだ」と、ヤスパースをとらえて、それに心惹かれているのである。」(『福永武彦巡礼 風のゆくえ』、新教出版社、一九八九年、一八三〜一八四ページ)。 なお福永はこのエッセイで「意識と無意識の問題をフロイトから学んだ。しかしフロイトと世界観を共にすることは出来なかった」、「無意識の内容にしても、 あまりに性の占める分野が広く、解釈のための解釈に陥ったようなところが少なくない」と述べている。

37「快感原則の彼岸」、『自我論 集』所収、竹田青嗣編・中山元訳、ちくま学芸文庫、一九九六年、一五九ページ。

38 同、一六二ページ。

39 同、一九九ページ

40作中では「死の欲動」ではなく 「死への願望」とある。駿太郎の発言を辿ると、「死の欲動」の過程にある不安恐怖夢のような衝動的なものが語られておらず、専ら「死の欲動」の先にある脱 緊張状態を「死への願望」というふうに述べている。ここでは、そうした過程は抜け落ちているが、作中ではフロイトの幾冊かの著作を念頭において駿太郎が 「死への願望」と発言しているふうに描かれているので、「死への願望」は「快感原則の彼岸」における「死の欲動」を指すものだとしたい。

41 昭和四十九年三月。

42「夢の世界  ― 島尾敏雄と庄野潤三」、『意味という病』所収、講談社文芸文庫、一九八九年、引用は六九ページ。

43小林一郎「「世界の終り」その日 への収斂」(「文藝空間」第十号、一九九六年)。小林によれば両作品は黒住多美、萌木素子が自死へ向かう、そのカウントダウンを刻んでいる。