自己紹介
 

上村周平 かみむら しゅうへい

 鹿児島生まれですが、父親の仕事の都合で四年ほど種子島で生活したことがあります。よく海岸 や海の見える場所で友達と日が暮れるまで遊んでいました。福永武彦を研究するようになったのは、やはり海の側で 育ったというもあって、彼の以下のような詩に惹かれるからでしょう。     

この身 如何なる業(ごふ)に憑かれ
劫初(ごふしょ)の海を駆けていく
潮は苦く膚(はだへ)を噛み
海は燃えて空を焦し

波は砕け 船に砕け
星は流れ 天に流れ
日は日を重ね夢は古び
幾とせは逝く 海に
(「海 の陽の下に」/初出『ある青春』、昭和23年、北海文学社)

.他に趣味で写真を撮ったりしています…
 
 
 

鹿児島の風景・原爆文学研究会の様子・ハンドボール



  今まで書いてきたつたないもの…

○  「廢市」試」
    (「福永武彦研究」第4 号、福永武彦研究会、平成11年3月)

    →「廃市」を時 間・空間の観点から考察してみました。

○ 福永武彦「水中花」研究ノート
   (「COMPARATIO」vol.5、九州大学大学院比較社会文化学府・比較文学会、2001年)

     →結核療養所と精神病理学との接点についての調査と「水中花」についての論考。
    調べまくったことを詰め込んだ論ですが、ご笑覧いただければ幸いです。

○ 福永武彦「時計」論
   (「福永武彦研究」第六号、福永武彦研究会、2001年)

   → 記憶・トラウマ(心的外傷)というテーマでフロイトの「ヒステリー研究」等を交えながら論じてみました。

○ 「世界の終り」論
   (「国語国文薩摩路」、鹿児島大学法文学部国語国文学研究室、2002年春)

   →ミンコフス キー、渡辺哲夫、フロイトその他の精神医学の文献を援用しながら、
   「世界の終り」という世界の様相(私たちを取り囲む「世界」の側が「終り」を告げてくる)を考察してみました。

○ 福永武彦「大空の眼」論(「国語国文薩摩路  第48号 石田忠彦教授退官記念号」、平16・3)

  『死の島』論 萌木素子の内部をめぐって ボードレールを視座に
   (『時の形見に 福永武彦研究論集』 白地社、 2005年11月)

○ 『死の島』の結末〜ビキニ実験前の時間設定 につて〜
   (「原爆文学研究 7」 原爆文学研究会 平20・ 12)