在宅・・・・・1996年4月〜1997年3月(15才)・・・「ごうちゃん」の訪問教育から

 

TOMOは、舌根沈下、気管への誤嚥などが多く、小学6年生から、経管栄養となり、
通学から訪問教育になりました。
週2回、2時間づづ、学校から先生が自宅に指導に来てくれます。
時間数は少ないものの、個別なので、TOMOの体調、気持ちを考えての指導は、
中身の濃いものでした。

中学3年生の春、呼吸機能悪化で、気管切開してからは、 体調も落ち着き、元気に
なってきましたが、卒業が近づいて来ました。
当時(1995)、訪問部は、中学部までしかなく、他にも、まったく進路がありませんでした。
その時、新聞で、「訪問教育親の会」を知り、心強く思いました。


TOMOにも、これから、何か進む道があるかもしれない・・・
家族の中だけの限られた世界でなく、たくさんの人と知り合い、イキイキと暮らせたい・・・


署名活動に参加しながら、養護学校、県知事に、高等部入学の事をお願いしました。
でも、数ヶ月では、無理なのです。 
また、近くに<知的しょうがい通所更生施設>
(現=法人つどいの家、元=仙台市重症児者守る会 )がありました。
TOMOは、そこの団体会員でもあったので、
施設長には、通園のお願い方々〜いろいろ相談し、アドバイスをいただきました。

幸いに、そこの施設で、<B型通所>(医療ケアの出来る重症心身障害通園事業)を、
1997年から、開始していただき、在宅は1年だけで、進路が決まりました。

初めは、TOMOの体調、体力が通所に耐えられるか、心配でしたが、
親が付添いながら、少しづつ慣れ、ほとんど休みなく週3日、楽しんで通っています。

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仙台でも、今は訪問教育の高等部が出来、週3回の指導日になりました。
また、医療ケアのある児童でも、通学が可能ならば、親の付添いなしで、
通学出来るようになりました。
その方法は、訪問看護制度を利用して、学校に看護婦さんが派遣され、
経管栄養、吸引、導尿を、行ってくれます。

2004年度からは、養護教員が一部の医療的ケアを行えるようになり、
実施の試験段階です。

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少しづつですが、重症児者の環境も開けて来ました。
どんなに障害が重くても、いえ、重いからこそ、人とのふれ合いや教育が必要なのだと
思います。 
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