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I いろいろ

YURIかあさん たより

 

<2000.10.2 家族支援事業での宿泊について>

家族支援事業の宿泊も今年は、だいぶ慣れてきたみたいで、前よりは、眠るように  
なったようです。 でも、夕食の用意(介護人が食事を作ります)で、誰も傍にいないと、
グズるところは、まだ少しあります。10月末に、2泊3日にトライしてみます。

国立療養所N病院のショートスティーと違って、1対1だし、昼間はいつもと同じ、
B型通所施設なので、大丈夫なのではないかと、思います
(家族支援事業の宿泊施設は、B型施設と同じ敷地にあり、介護人も、よく知っているし、
(1日2−3人しか、宿泊しないので、家庭の延長の感じです。)

価格的には、 ショートスティーの3倍と、ちょっと高めですが、
YURIにとっては、一番よいのではないかと、感じています。
でも、いろいろな施設も試してみたいとも、思います。

 

思い出の文集より

 

「あおぞらホームの10ヶ月」・・・・・1982・3月
    

  我家の娘、YURIは、ただ今、3歳10ヶ月の女の子です。
  まだ何も自分では出来ないのですが、訓練を受けてがんばっています。  
  何の治療方法もなく、機能訓練によって運動能力を引き出すしか道はないのです。
  もっと医学が進歩していたら、あるいはと、思ってもみましたが、現実は・・・・・・。

  でも、とても甘えん坊の泣き虫のくせに、きかん坊のおばあちゃん子、
  自分では動けないくせに、男の子みたいなおてんばが大好きな女の子です。
  1日でも早く、自分で遊べるようになってほしいと、ただ願うだけです。

  昨年の6月に「おあぞらホーム」に入園しました。
  5月にセンターの方から電話をいただいて、急にバタバタと決まり入れていただける事に  
  なりました。 それまでは、大人だけの、それも少人数の家族の中だけでの生活でしたので、
  初めは、集団生活になれるのに、とても大変で、毎日ちょっと気に入らないと泣いてばかり
  親子の分離の時も、すぐに泣いてしまって、先生方にはたいへんだったと思います。
  でも、この頃はよほど身体の調子の悪い時でもなければ、前のような泣き方はしなくなり、
  大分大人になったのではないかと思います。
  先生とお昼のお弁当も食べられるようになりましたし、もう少しで訓練も泣かずに
  受けられるようになるのではないかと、思っています。

  風疹のための2週間の休みの後も、心配していたほど本人は、無理なくみんなの中に
  入れたようで、入園当時に比べると発達したものだと、喜んでいます。
  あと今年度は数日、なんとか休まずに通いたいと思います。
  そして来年度は、あせらずに無理をせず、マイペースで、ゆっくりと確実な一歩を、  
  YURIとがんばってやって行きたいと思っています。

今年こそ、自分で何か一つでも、出来るように、がんばってほしいと願っています。

* 1978・4・28 に生まれました。

 

この2年を振り返って・・・・・1983・3月
  

  あおぞらホームに入園して、2度目の文集を書く季節をむかえました。
  今、入園した当時を振り返ってみますと、いろいろな事がありました。
  楽しかった事、うれしかった事、おかしかった事、そしてたくさんのお友達も出来ました。
  由香里にだけでなく、お母さんにも・・・・・・。

  友達というものは、本当に大切なものだと思います。
  同じ障害児を持つ親として、これからも、たとえ、別の道を子供達が、歩みとしても、
  わかりあえるものが、あると信じます。
  「おあぞら」で、力を合わせてやって来たのだから・・・・・
  そして、いつまでも友達でいたいと思っています。

  今年は、お休みする日が多かったと思って反省しています。
  2度も入院をしてしまって、やっと泣かずに出来るようになった訓練も、また前に逆戻り。
  男の先生の訓練はだめなようで、一時は良かったのに、首のコントロールも、前ほどには、
  よくないように思われます。

  あと2年で、小学校、2年もあるように思えるけど、2年は短い。
  まして、いっぱいの課題をかかえているYURIとすれば・・・・・。

  オムツをはずして、首の座りをよくすることなど、難問がまっている。
  無理をせずに、一歩一歩、前に向かって進んで行きたい。
  もう、後退はしたくない。 YURIにもう少しだけ、がんばってほしいと思う。

  みんなもがんばっているもだから、がんばろうね、YURI。

  * この前年、訓練中、バルーンから落る事故で、脳内出血をおこし、後退してしまいました。

  

                             

 

よろしく YURIです・・・・・1986・3月(小学1年生)
  

  ひまわり組の○○YURIです。今年1年生に入りました。
  でも、先生に言わせると、ちっとも1年生みたいじゃないと言います。
  本当にそうなのです。 先生にうるさいと、言われない日はないのです。
  でも、ぜ〜んぜん、気にもしないで、先生なんて、という感じなのです。
  もう入学以来、机など物をいくつ壊したか、あの太い足が動くたびに、何かが壊れる毎日でした。

  学校に入って4キロ近く太ってしまいました。久しぶりに会う人みんなが、太った大きくなったと
  いう話ばかりですが、毎日休まずに通学出来るのが、なによりだと思います。

  入学前の面接の時に、通えるかどうかが心配だと、いうような事を話をしたように記憶してます。
  しかし、そんな不安も、すぐに解消しました。

  リハビリに行くとか、私の用事などで、数日お休みした事が、ある程度で、
  病気で、お休みした事は、入学以来、1度もないのです。
  だから、誰も、由香里が弱い体質だということを、信じられないようです。

  小さい頃は、今日少しセキが出るなあと思っていると、夜には40度以上の熱に、
  次の日には、入院準備をしてからの病院行でした。

  現在のYURIをみたかぎり、誰も想像できないと思います。
  家族でさえも、思っても見ないことです。
  病院の先生も思ってもいないことだと思います。
  5才まで生きられれば良い方と言われていたのに、もう、7才ですから・・・。

  少しぐらい、うるさくても元気な証拠なのです。
  先生の方が、負けずにうるさいを連発して頑張ってください。

  ひまわり組のみなさん、うるさくて、ごめんなさい。
  (YURIだけじゃないでしょ・・・)と思っている人も・・・ネ!!

  親子共々、うるさいでしょうが、みなさん、これからもよろしく!!!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  *  この年は、とても元気でしたが、
      この翌年は、1ヶ月に何日か、休む事が多くなりました。
     
     

   

 

YURIの お留守番
  

  おばあさんのお出掛けで、お母さんとおじいさんの3人で、お留守番をしました。
  1週間位のお出掛けだったのだけど、とても良い子にしていられました。
  三文安として有名なYURIちゃんとしては、少しお姉ちゃんになったかな!

  今までは、おばあさんの出掛けた日は、まだ余韻があるのかどうか、
  声がけや、ちょっと見てやりながらでも、用事が出来たけれども、
  2日目は、もうちょっとでも、私の姿が見えなくなると、
  すぐ泣きべそをかいて、「待っててね」と声がけしても、1人ではいられませんでした。

  用事がなかなか出来ないので、寝ている間に、洗濯や食事の支度をしてしまわないと、
  起きてしまわないうちにと大変だったものです。
  食事もYURIの分だけ、なんとか確保して、自分はインスタントのもので我慢という事もありました。

  でも、今度は、学校も始まっていた事もあって、YURIは、いつもように泣きもせず、
  機嫌よく学校に通う事が出来ました。

  少しづつ、大人になって行くんだなあと、感じました。

 

 

おねえさん・・・・・1989年3月 (10才)
  

  我が家には、毎週土曜日になると、YURIにおねえさんが出来ます。
  今のおねえさんは、どこにでも顔を出している人なので、知っている人もいられるでしょう。    
  お姉さんに付いて親を置いてでも出て行くYURIなので、
  お姉さん達の間では、良く知られているようです。

  おねえさんは、雨が降らない限り風邪がチョットぐらい吹いていても外に連れて行きます。
  どこに行って来るのやら、地下鉄を乗って、出掛けて行きます。

  この頃は、「公園まで行って来ます」と、出掛けますが、
  お目当てはセントラルプラザの乗り物です。
  それが、セントラルプラザで、「何回タダで乗れた!」 「今日はダメだった」なんて、
  言いながら帰って来ます。
  二人を見ていると、本当に良い相棒だなあと、思います。

  大学を卒業するので、それも来年の3月で終わりです。
  希望するところに入ってほしいなあと思っています。
  今度は、どんな人が、お姉さんになってくれるのでしょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

* セントラルプラザの乗り物係の人と、親しくなって、
タダで乗れる事もあったそうです。

 

 

今年の夏休み・・・・・1989年11月(11才)
  

  YURIは、自主訓練グループ○○に入っています。
  昨年からグループの中で都合の良い人達で、年1回ぐらいの割で、旅行会をしています。

  今年は、栗駒のいこいの村にしました。 バスで行く人と自分の車で行く人と、
  2組に分かれて出掛けました。
  YURIは、車で行くグループに入りました。 グループと言っても、3台だけですが、
  天気に恵まれて、とてもよかったと思います。
  あっちこっち寄り道をして、約束の時間をだいぶ過ぎてから現地到着。
  バスグループは、もうゆっくり休んでいました。

  次の日は、栗駒のいわかがみ平まで車で登り、
  駐車場からレストハウスまでバギーを押して、登りました。
  せっかくなのに、ガスがかかっていて、下が見えないのが残念でした。
  今度は、花の咲いている時期に、世界谷地の方へもいきたいと思いました。

  いわかがみ平までのガクアジサイの青い色が、とてもきれいでした。
  ガスのかかっている中に、ポッ!ポッ!と車のフロントガラスに現れるときの、
  あの青が、きれいでした。 本当に、良いお泊り会でした。

  それに今年の夏は、アイスクリームも食べられるようになりました。
  昨年までは、2口、3口でしたが、カップの1個くらいは、平気になりました。
  来年は、氷に、挑戦して見ようと思っています。

  花火大会にも行ったし、プールにも入ったし
  昨年に比べても、いろいろ経験できた夏休みでした。
  これも、丈夫だから、出来るのだと思います。 これからも機会があったら、いろいろ
  経験させてみたいと思っています。

  なにかYURIに出来そうと思うものが、あったら声をかけてみて下さい。
  ぜひ参加させたいと思います。
  YURIだけの参加というのなら、ぜひぜひ参加させたいです。 よろしく!!

* TOMOも車グループで参加しました。 楽しかった!!!

 

 

自主訓練グループ・うえんずでい・・・・・1993年4月(14才)
  

  気付かないうちに いつの間にか<うえんずでい>も、6年目になるのですね。
  そんなに時間が経ったようには思っていなかったのです。
  6年というと長いようですが、今思うと短いように思います。
  でも、しっかりと6年という月日が経ってしまっているのです。

  その間どんな事をYURIの為にしてやれた事でしょう。
  身体が大きくなって しっかりしてきた事に喜びはありますが、その反面 体重が増えて
  介助が困難になり、家事の忙しさに甘えて あまり訓練の時間を持ってやれない。
  そんな時 1週間に1度の<うえんずでい>のこの時間は、しっかりかかわってあげられる
  唯一の時間です。 そして同じ仲間がいることで、がんばれる事も確かです。

  メンバーもいろいろと変わりましたが、しばらくは このメンバーで頑張っていけると思います。
  前のように遠くまで車で出かての お泊り会はなくなりましたが、子供の状態をみながら、
  A型センターでの お泊り会の企画はあります。
  たくさんの お友達が来てくれると良いと思います。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

*TOMOも小学1年から5年まで 参加していました。
訓練しながら おしゃべりしたり お茶のみしたりしましたよ。

  

 


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